ミラーニューロンが云々かんぬん。
やはりね、
前回から日が空くと何すればよいか分からなくなるもので。
もうちょい深い話もしてみようかなと。
環境について。わが身を置く環境。
これ、思ってる以上に大きなファクターなんじゃないかと思うんですね。
人間、自分は何とかコントロールできるとしても、外界を操るのって結構むずかしい。
というか人間相手でも厳しい事が多いわけで。
でも、自分で身を置く環境は選べるんですね、その気になれば。
んだったら最高な場所に身を置くに越したことはないだろうと。
それだけでも結構セルフイメージとか上がるし、
まずゴキゲンな感じだからね。
環境を変えたとき、人間は一番成長するっていうのをどこかで聞いたことがある。
”機会”に恵まれるイメージなんだろうけど。
環境が変わればそこにいる人間も変わる。
個人的にはそこが一番大きいかなと。
なんか、人間には”ミラーニューロン”なるものが備わっているようでして、
その名の通り周りの人間が発する雰囲気だったりオーラだったりに”ミラー”的に”ニューロン”レベルで反応するそうで。
当然、日ごろ愚痴やため息ばかりついているような人間のそばにいれば、こちらがポジティブをキープするのは難しいように、
日ごろ未来の話や楽しかったエピソードを話してくれる人間のそばにいれば、自然とこちらもルンルン気分でいられよう。
せやからね、公立小・中でめんどくさい輩に絡まれることの多かった自分としては、
受験システムが上手くフィルタリングしてくれたようで、
圧倒的に刺激的で、居心地の良い環境に身を置くことができました。
まぁそれ以前の人脈や、関わりから学ぶことも同時にできたので、個人的には一石二鳥だったかなと。
終わり良ければ総て良し。
余談だけど、自分と同類の人間としか付き合ってない人より、多少の荒波に揉まれて育った人間の方が付き合ってても味わい深いなぁと気づけたしね。
そんなこんなで、結構”環境”には気をつかってきたのですが、最近思うのは、
手段と目的を見失っちゃアカン、という事。
同じぬるま湯につかっていずに、たまにはコンフォートゾーンから抜け出せと言う話もあるけど、”環境”から得られる多くは”気づき”や”ゴキゲン”であって、そこで終わらせるのは勿体ないのではないかと。
それ自体に価値がないわけではないけど、ギブされたらこちらからもギブするべきではないかと。
いわばグレートプレゼンター的生き様と言いましょうか。
シェアハピみたいなものですよね。
何事も世の中二面性というか循環な気がするんです。
まさしく潤滑油として、その流れは止めちゃアカンなぁと気づき始めた次第です。
自分の周りには、社会課題を解決したい・この道を究めたい、みたいな人が多い反面、自分の尖がりが鉄道くらいしかないなぁと憧れていました。
ただ、第一に自分、んでもってその周囲を幸せにできずして世の中云々言ってる場合でもないなと思い、
まずは自分に・周囲にゴキゲンをシェアしていける生き様をめざそうと。
そうおもいました。
つらつらとだべるブログでしたが
最後まで読んでくださりありがとうございます。
ではー